こんにちは。在パリブロガー・世界のさゆりです✨
わたしはパリで、2人の子どもを出産しました。
しかも2回とも無痛分娩。
1人目は公立病院。
2人目は私立病院。
フランスの公立病院は、快適さよりも安全面を重視していて、担当医も選びにくいと言われていますが、
一人目のとき、私は万が一に備えて、新生児医療が充実している公立病院を選びました。
なぜなら、
私自身、生まれつき心臓に持病があるので、赤ちゃんに何かあったときすぐ対応してもらえる安心感を優先したんです。
こう書くと、
「やっぱり私立の方が丁寧?」
と思われそうなのですが、
わたしの場合、
むしろ1人目の公立病院がかなり快適でした。
病室は広々。
窓からはエッフェル塔がドーン。

産後なのに、
「ここから退院したくない……」
と本気で思っていたくらいです
一方、2人目。
「パリでは珍しいくらい丁寧」と噂の私立病院を選んだのですが、
出産したのが、
8月。
フランスの8月。
はい。
みんないません。
ずっと診てもらっていた女性の産婦人科医もバカンス。
いつものスタッフも少ない。
「聞いてた病院と全然違うやんけ」
という状態になりました。
そして出産翌日には、
生まれてまだ1日も経っていない我が子が看護師さんに連れていかれ、
不安になって探しに行ったら、
小さな個室で、
頭を押さえられながら号泣している姿を発見🤣
あの光景は今でも、
かなり鮮明に覚えています。
ということで今回は、
パリで2回出産したわたしが、
公立病院と私立病院の違い、
無痛分娩、
海外出産前に準備しておいてよかったこと、
そしてなぜか今でも忘れられない食べ損ねたパスタまで、
かなり正直に書いてみたいと思います。
※病院の体制は、わたしが実際に出産した当時の体験です。現在は違うかも。

- そもそも、なぜフランスで産もうと思ったのか
- 妊娠発覚は、ドラマみたいな「ウッ」から始まった
- 「出産する病院、早く決めて」と言われて焦る
- 産院の窓からエッフェル塔。退院したくなかった
- 妊娠中は普通にしんどかった
- 夫がお昼ご飯を買いに行った頃、わたしは限界だった
- ロックを口ずさみながら麻酔科医が登場した
- 無痛分娩、本当に楽になった
- 出産後最大の悲劇は、パスタが食べられなかったこと
- そして数年後、2人目は私立病院へ
- 出産すらバカンスには勝てなかった
- 生まれて1日も経っていない我が子が連れていかれた
- 探しに行ったら、我が子が頭を押さえられて号泣していた
- あの場面だけ、今でも映像みたいに残っている
- 公立と私立、結局どっちがよかった?
- そして、2人目の出生写真はスマホごと消えました
- 一番悲しかったのは、スマホ本体じゃなかった
- 海外出産前にやっておいて、本当によかったこと
- でも今振り返ると、ちょっと面白い
- まとめ|パリで2回産んで思うこと
そもそも、なぜフランスで産もうと思ったのか
1人目を妊娠した時、
わたしはまだフランスに住んで3年半ほどでした。
周りには日本へ里帰り出産する友達もいました。
人生初の妊娠。
海外。
外国語。
日本とは違う医療制度。
普通に考えれば、
「日本に帰った方が安心じゃない?」
となりそうなところです。
でも、わたしにはなぜか、
「たぶんフランスで産む方が自分には合ってる」
という変な確信がありました。
当時から、
フランスで子育てをする人たちを見ていて、
子どもがまだ小さくても、
一人の人間として言葉で説明したり、
親と子どもを必要以上に一体化させず、
子どもにも子どもの人生がある、
というような感覚を感じることがありました。
わたし自身、
小さい頃から親の反応を気にして、
「わたしはどうしたい?」
より、
「これをしたら親はどう思う?」
を考えることが多かったので、
そういう子どもとの距離感に惹かれていたのかもしれません。
妊娠発覚は、ドラマみたいな「ウッ」から始まった
妊娠が分かった日のことも、
かなりよく覚えています。
子どもが欲しいね、
と夫となんとなく話していた数か月後。
突然、
猛烈な吐き気。
トイレへダッシュ。
夫と、
「これ、ドラマで見る妊娠のやつじゃない?」
と言いながら薬局へ行って、
妊娠検査薬を購入しました。
結果、
陽性。
……。
本当に妊娠していました。
嬉しい。
でも、
その次に出てきたのは、
「で、何すればいいの?」
でした
人生初マタ。
しかもフランス!!?
右も左も分からない。
とりあえず近所の産婦人科へ行きました。
「出産する病院、早く決めて」と言われて焦る
産婦人科の先生から言われたことで、
今でも覚えているのが、
「出産する病院を早く決めた方がいい」
ということ。
当時、人気のある公立病院は予約がかなり埋まりやすいと聞いていたので、
わたしも比較的早めに病院を決めました。
そして1人目は、
パリの公立病院で出産することに。
これが結果的には、
わたしにはかなり良かったです。

産院の窓からエッフェル塔。退院したくなかった
出産後に入った病室は広々していて、
窓からエッフェル塔がかなりきれいに見えました。
赤ちゃんがいる。
ベッドがある。
何かあればスタッフがいる。
なにもしなくても食事まで出てくる✨️
そして、
窓にはエッフェル塔。
……。
帰りたくない。
本気でそう思っていました。
退院したら、
今度は家で全部自分たちで赤ちゃんのお世話をしなければならないわけです。
病院にいれば、
困ったら聞ける。
寝られる。
ご飯も出る。
エッフェル塔まである。
退院するメリット、
どこ?
と思っていました。

妊娠中は普通にしんどかった
もちろん、
「パリで妊娠♡」
みたいなキラキラしたことばかりではありません。
わたしはつわりがかなり強い方で、
仕事中も、
「ウッ」
となってはトイレへ。
当時は立ち仕事もしていたので、
妊娠初期は結構つらかったです。
そして臨月に入り、
赤ちゃんもだいぶ下がってきて、
ある日出血。
夫に病院へ連れて行ってもらいました。
そこから一晩。
少しずつ陣痛が強くなっていきました。

夫がお昼ご飯を買いに行った頃、わたしは限界だった
夫も仕事を休んで、
一緒に病院にいてくれました。
でも出産って長いんですよね。
途中で夫が、
お昼ご飯を買いに行ってくれることになりました。
その頃にはわたし、
もうかなり陣痛が痛くて、
「無理。麻酔ください。」
状態。
看護師さんにお願いして、
ヨロヨロしながら分娩室へ移動しました。
そこで優しい看護師さんが、
色々声をかけてくれて、
「ああ、よかった……」
と思っていたら。
バーン!
とドアが開きました。

ロックを口ずさみながら麻酔科医が登場した
入ってきた麻酔科医。
なぜか、
ロックっぽい歌を口ずさんでる。
いや、
こっち陣痛なんですけど。
しかも、
「女の子?男の子?」
「どこに住んでるの?お産終わったらお茶しない?」
みたいに、
ものすごい軽いテンションで話しかけてきました。
え😨
この人が今から、
わたしの背中に針を刺すの?
大丈夫?
と思うくらい軽い。
ところが。
いざ麻酔を入れる瞬間になると、
先生、
急に真顔。
「絶対動かないで」
みたいな感じに。
さっきまでロック歌ってた人、
どこ行った。
かえって怖すぎる🤣
「動いたら◯ぬ!」とビクビク、
ストレスMAX!
無痛分娩、本当に楽になった
麻酔が入ると、
わたしの場合はかなり楽になりました。
痛みが強くなった時に、
ボタンで麻酔量を追加できるようになっていたのも助かりました。
もちろん麻酔の方法や管理方法は、
病院やその時の状況によって違うと思います。
ただ、
わたし自身は、
1人目も2人目も無痛分娩を選んで、
今振り返っても、
それでよかったと思っています。

まじで日本の自然分娩のマザーたちは、偉大だと思う…。
出産後最大の悲劇は、パスタが食べられなかったこと
そして無事、
赤ちゃん誕生。
よかった。
感動。
可愛い。
……。
なのですが。
わたしがこの日に
地味に楽しみにしていたものがありました。
夫が買ってきてくれた、
お気に入りのパスタ
出産終わったらこれ食べよう!
頑張ったし。
ご褒美❤
そう思っていました。
ところが、
麻酔の関係で、
そのタイミングではご飯を食べられないと言われました。
……。
わたしのパスタ……。
(´;ω;`)
出産の記憶って、
もっと感動的なものばかり残るのかと思っていたんですけど、
わたしの場合、
赤ちゃん、
エッフェル塔、
ロック麻酔科医、
そして、
食べられなかったパスタ。
人間の記憶って謎です
そして数年後、2人目は私立病院へ
そこから数年後。
2人目を妊娠しました。
今回は、
1人目とは違う私立病院へ。
その病院は、
知り合いなどから、
「すごく丁寧」
「パリでは珍しいくらいサービスがいい」
と聞いていました。
妊娠中も、
ずっと女性の産婦人科医の先生に診てもらっていて、
とても安心していました。
わたしも、
「今回はさらに快適なんじゃない?」
と思っていました。
でも。
出産予定時期を見てください。
8月。
フランスの8月を、
甘く見てはいけません
出産すらバカンスには勝てなかった
フランスの8月はご存知の人も多いかもしれませんが、
お店が閉まる。人いない、
病院の担当者がいない。
メールの返信も来ない。
そして、
わたしの産婦人科の先生も、
もちろん、バカンス。
イエ〜イ
ずっと診てもらっていた女性の先生ではなく、
出産当日は別の男性の先生が担当してくれました。
別の先生だから問題、
ということではありません。
ただ、
「ああ、本当にフランスの8月なんだな」
と思いました。
出産すらバカンスには勝てない。
そして看護師さんたちも、
普段その病院で働いている人とは違うスタッフが多かった印象があります。
事前に聞いていた、
「どこまでも丁寧」
「パリでは珍しいくらい細やか」
という口コミとは、
なんだか雰囲気が違う。
普通に雑なんですけどぉ!
「あれ?
ここ、例の評判の病院だよね?」
と思いました。
口コミと住所は合ってる。
でも、
中身が違う。
これもフランスの夏なのかもしれません。
生まれて1日も経っていない我が子が連れていかれた
そして2人目を出産した後。
今でもかなり強く覚えている出来事があります。
生まれて、
まだ1日も経っていない我が子。
まだ本当に小さい。
首も当然グニャグニャ。
その子が寝ている時、
看護師さんが来ました。
何か検査をするとのことで、
平和そうに寝ている赤ちゃんを、
ガラガラガラ……
と連れていきました。
わたしも最初は、
「検査なんだな」
くらいに思っていました。
でも、
5分くらい経った時。
なんだか急に不安になりました。
理由はよく分からない。
ただ、
「ちょっと見に行こう」
と思ったんです。
探しに行ったら、我が子が頭を押さえられて号泣していた
産後で、
こちらも体はボロボロ。
それでも廊下を歩いて、
赤ちゃんを探しました。
そしてある個室を覗いたら。
いました。
わたしの赤ちゃん。
ガタイの良い看護師さんに、
頭をかなりしっかり押さえられて、
この世の終わりのように泣いていました。
まだ生まれて1日も経っていない。
首もグニャグニャ。
体も小さい。
顔を真っ赤にして、
号泣
わたし、
一瞬、
頭が真っ白になりました。
「え?」
「何してるの?」
「大丈夫なの?」
って。
あとで聞いた説明では、
脳波を取るために、
赤ちゃんを起こしておく必要があったようでした。
医療的に必要な検査だったのだと思います。
でも‥
母親としてその場面を突然見たわたしは、
理由より先に、
「かわいそう……!!私の赤ちゃぁぁん!!」
でした。
あの場面だけ、今でも映像みたいに残っている
新生児って、
本当に小さいです。
さっきまで、
自分のお腹の中にいた子。
その子が、
知らない部屋で、
知らない人に頭を押さえられて、
ものすごい声で泣いている。
今でも、
あの光景を思い出すと、
「ぴえーーん……」
という気持ちになります。
その後、
もちろん子どもは普通に戻ってきて、
元気に育っています。
でも、
母親って、
子どもが泣いている姿を、
こんなに鮮明に覚えているんだな、
と思います。
公立と私立、結局どっちがよかった?
ということで、
「パリで出産するなら、公立と私立どっちがおすすめ?」
と聞かれたら、
わたしは正直、
単純には答えられません。
わたしの場合、
1人目の公立病院は、
かなり快適でした。
広い病室。
エッフェル塔。
スタッフの安心感。
一方、
2人目の私立病院も、
もちろん無事に出産できましたし、
普段は評判の良い病院だったのだと思います。
でも、
わたしが出産したのが8月。
先生もバカンス。
スタッフも普段と違う。
結果、
「あれ?
聞いてた話と違う」
となりました。
だから、
公立だから悪い。
私立だから丁寧。
というより、
時期、担当者、その日のスタッフ、病院との相性。
実際にはそういうものの影響もかなり大きいんだな、
と思いました。
(さすがフランス)

そして、2人目の出生写真はスマホごと消えました
2人目の出産には、
もう一つ。
わたしにとって、
かなり悲しい話があります
病院で撮った、
生まれたばかりの写真。
生後数時間。
まだ顔も、
「誰に似てるんだろう?」
というくらいの、
本当に生まれたての写真。
当然、
スマホにたくさん入っていました。
数年後。
パリの家の近くにある、
観光客も多く通る場所。
わたしは観光していたわけでもありません。
普通に、
幼稚園へ子どもを迎えに行く途中。
そこで、
スマホを盗られました。
ちーん。
……。
いや、
笑えない。
全然笑えない。

一番悲しかったのは、スマホ本体じゃなかった
もちろん、
スマホだってそれなりにお高いです。
連絡先も入ってる。
色々入ってる。
でも、
一番、
「うわああああ……」
と思ったのは、
2人目の生まれたての写真。
盗った人には、
何の価値もない写真です。
知らない赤ちゃん。
知らない家族。
でも、
わたしには、
もう二度と撮れない。
生後数時間。
生後1日。
おっぱ◯飲んでるその瞬間の顔。(書いていて涙出てきた…)
病室。
その時の自分の気持ち。
スマホと一緒に、
全部なくなりました。
これ、
今でも、
めちゃくちゃ悲しいです。
本当に、
めちゃくちゃ悲しい。
「写真なんてまた撮ればいい」
と言えるものもあるけど、
新生児の写真だけは、
また撮れないですよね…
翌日には、
もう少し顔が変わる。
数週間したら、
全然違う。
だから、
「あの写真たち、
もう戻らないんだ」
と思った瞬間は、
スマホそのものを失った時より、
ずっとつらかったです。
(人生最期の走馬灯で、あのおっぱ◯飲んでたときの顔見たい)
海外出産前にやっておいて、本当によかったこと
2回フランスで出産して、
わたしがかなり大事だったと思うのが、
現地の言葉で最低限、何をされているか理解できる状態にしておくこと。
でした。
わたしは1人目の産休に入ってから、
フランスの出産・育児番組をかなり見ていました。
ベビーカーやエルゴなど、
育児用品の説明も、
わざわざフランス語のYouTubeで見る。
分からない単語があれば、
何度も聞き直して調べる。
母親学級にも参加する。
日本の育児記事と、
フランスの育児記事を読み比べる。
ということをしていました。
当時は、
「ただでさえ出産でテンパってるのに、
そこでフランス語まで分からなかったら無理」
と思っていたからです
実際、
麻酔のタイミングや、
自分がどうしたいかを伝える時にも、
ある程度言葉が分かっていたことは、
わたしには大きかったです。
また、フランスの情報のいたるところで出てきた、
「どんなに小さい子どもでも、一人の主体を持った人間として扱う」
という考え方にも、
当時とても惹かれました。
でも今振り返ると、ちょっと面白い
わたし、
当時は、
「子どもを、一人の人間として大切にしたい」
と思っていたんです。
その考え方に惹かれて、
フランスで子育てをしたいと思った。
でも。
その後、
実際に子育てが始まって。
仕事。
夫婦。
育児。
海外生活。
コロナ。
友人の帰国。
色々なものが重なって、
わたし自身がどんどん疲れていきました。
そしてある日、
子どもにご飯を食べさせながら、
床に落ちたキュウリを見て、
「わたし、何やってるんだろ……」
って泣きました。
子どもを大切にしたいとは、
ずっと思っていた。
でも、
わたしは、自分自身のことを一人の大切な人として扱っていたんだろうか?
今振り返ると、
そこがかなり抜けていたんだと思います。
この話は、
また別の記事で書きたいと思います。
まとめ|パリで2回産んで思うこと
パリで、
2回。
公立病院と私立病院。
無痛分娩。
いろんなことがありました。
1人目。
エッフェル塔が見える公立病院。
ロックを歌う麻酔科医。
食べられなかったパスタ。
2人目。
評判のいい私立病院。
でも8月。
先生はバカンス。
スタッフも普段と違う。
そして、
泣き叫ぶ新生児を見つけて、
母、衝撃。
さらに数年後、
生まれたての写真は、
スマホごとパリの街へ消えていきました。
……。
情報量多い。
でも、
全部、
わたしの人生の大切な一場面です。
海外出産は、
日本で産むより不安なこともあると思います。
でも、
事前に情報を集める。
最低限の言葉を覚える。
自分がどうしたいかを考える。
分からなければ聞く。
それだけでも、
かなり安心感は変わりました。
そして、
フランスで産んだこと自体は、
今でもわたしはよかったと思っています。
この記事が、
「フランスの生活ってこうなのね」
と面白がってもらえたり、
これから海外で出産する方や、
フランスでの妊娠・出産が不安な方にとって、
「まあ色々あるけど、
なんとかなる人もいるのね」
と思える材料の一つになれば嬉しいです。
良かったら、フランス人の自己肯定感に対する考察も書いてるので見てみてね

パリに住んでも、わたしはずっと孤独だった

ラインでもこういう話を赤裸々に垂れ流してるよ。良かったらこの記事の感想聞かせてね!
✨
ではまた♡
世界のさゆり


